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海外FD研修
第2回 FD研修
CSUF FD研修報告書
工学研究科生命先端工学専攻 福井希一

目的: 国際化教育推進のため、英語を用いた講義法および新しい講義に関する参観、聴講および実習

場所: カルフォルニア州立大学フルトン校(California State University, Fullerton)

期間: 2009年9月21日(月)〜10月4日(月)

 

概要:

 2週間にわたるフルトン校での英語による教育法・新しい教育法に関するFD研修を受けた。全体としての印象は@英語を用いた講義の実施が不可欠ではあるがそのためには周到な準備が必要である事、A従来型の講義からより学生を巻き込んだ授業へと大学の講義スタイルそのものが変化しつつあり、種々の点で阪大の講義にも取り入れる事が可能である事、B大学における教育と研究をどのように上手くバランスさせるかという点を個人の資質に依存するのではなくシステムとして考える必要がある事、の3点を強く感じた。

FD研修歓迎会でメンター教授のぺテール博士と

 

1.国際化教育:

 自国人のみならず外国人の教育も併せて行うことは米英の大学では通常の事であり、その為のシステムが多く開発され、実施されている。一方阪大はG30等のプログラムにより国際化を促進する道を選んだが、その具体的進め方はまだ定まっていない。

 ここで最初に考える必要があるのが講義に用いる言語である。日本語を用いるメリットは数多くあるが、こうした教育を受けた卒業生は母国と日本との関係の中に将来のキャリアを見つけない限りメリットは少ない。

 英語で教授するデメリットも数多くある。日本人の教育者にとって英語はあくまでも外国語であり、かつ実際の教育を英語で受けた経験もした経験もほとんどないのが実情である。したがって実に簡単な事、例えば「プリントを一枚とって後ろに送ってください」というような事がオーセンティックに(米英の大学で使われている通常の用語を用いて)出来ない。そのため、それを行う教員のもろもろの負担はただちに2,3倍になる。

 加えて日本人学生に対する教育効果は逆に減少する。しかしながら現在、論文が我々の分野(バイオテクノロジー関連)では英語になっている現状を見れば、少なくとも自然科学分野においては早晩学会発表が、そして留学生の数の増加等の影響により、いずれ講義が英語に変わるのはさけられないであろう。

 したがって我々としてはそれをどのような期間をかけてどの様にすすめるかを考える必要があると思われる。特に今回のFD研修を通じて、英語はいまや国際語となっており、いずれ阪大の学生も卒業後フルトン校の学生と同様の英語のリテラシーを要求される時が来ることが実感された。

 と同時に大変重要であると感じたことは、日常会話以外にはそれぞれの学生の専門分野において英語のコミュニケーションリテラシーを身につける事を目標におくべきであり、例えばバイリンガルになるなどの過大な目標や要求は逆に問題を生むという点である。全般的な英語能力が必要なのではなく自分の専門分野での英語リテラシィが重要である。この点は既に5年間の専門英語教育プロジェクトの成果として打ち出されている。

 これを一言で言えば「ESP(English for Specific Purposes)的バイリンガル」を目指す教育となろう。

 

2.新型授業の展開

 教授法としてフルトン校で学んだ事は学生をより講義の中に参加させるという点である。インタラクティブラーニングやアクティブラーニングという用語があてられている。この授業は具体的には、例えば次の様なものである。

 私が研究対象とした授業は先端細胞生物学(Advanced Cell Biology)で4回生、M1の学生が対象である。1セメスターを通じてあるコースで、1回75分の講義。教員は助教が1名でTAはついていない。学生数は約20〜25名である。

 講義の主たる内容はiPS (Induced Pluripotent Stem) 細胞、ES (Embryo Stem) 細胞、発癌のメカニズムである。この授業では学生は4名程度ずつ6グループにわかれる。そして教員はパワーポイントで質問を次々と出していく。例えば「iPS細胞に必要な4つの遺伝子は」という様な簡単な質問である。これらの内容は前回の通常の講義で教えてあるものである。学生はグループ内で話をしたり、確認したりしつつ手をあげて例えば、Oct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycと答える。教員は適宜ES細胞で発言している遺伝子、Oct3/4Nanogなどを引き合いに出しながら答えを補い、正しい答えに加えて前回教えた事を復習する。

 こうした繰り返しが75分間続くのである。この授業の間に5回PRS(Personal Response System)によるクイズが行われた。PRSとは携帯電話ほどのサイズのワイヤレス応答システムでクイズの選択肢が5つあれば1から5のボタンを押して自分が正解と思う番号をワイアレスでホストコンピュータに伝える端末である。3000円弱で学生は全員がこれをもっている。

 全員が回答するとパワーポイント上に1から5までの回答の分布図と正解が示される。これにより教員は直ちに学生の理解度を知ることが出来ると同時に、学生の回答は学生ごとに記録されるので、成績を容易につける事が出来る。質問>グループ討議>学生の解答>教員の説明という流れで講義が進む訳である。

 授業の中で特に印象に残ったことは、1. 遅刻する学生がいない点である。これは参観した4つの授業全てに同様であった。2. 学生が真剣であること。自分が講義を行ったものも含めて、学生はいずれもきわめて熱心に講義を聴いていた。この点は私語をする学生、寝る学生(特にマクロ生物学)などを見てきた目には極めて新鮮に映った。

 その理由として、学費が高く(留学生:年130万円、1セット4科目各15回を通常は3セット12科目とした場合、カルフォルニア州民:75万円)ほとんどが学生の自己負担である事、落第制度がなどがある事もあげられよう。

 こうした点、すなわち端末と使って講義をする事、付議を講義の中に取り入れる事は今でも直ちに実行できる事である。

    新型授業等に関する講義風景

 

 新型授業が生まれてきた背景を幾人かの教授とディスカッションした。彼ら自身がその理由を明確に把握しているわけではなかった。私自身の考え方、すなわち、「研究が進展し、学ぶ内容が格段に増加してきているにもかかわらず、授業時間を増やすには限界があり、学生の学ぶ姿勢と教師の教える方法を変えなければ新しい内容を適切に教授することが出来ない」と言う意見に反対は無かった。

 

3.システムとしての教育と研究のバランス

 あくまでも研究がメインであると言う位置づけは阪大と同じであり、個々の教員はいかにして良い論文を書き、研究費を獲得するかと言うことに熱心に取り組んでいる。こうした中で無数の新しい教育法が検討され、そして実践されているのは興味深い。

 わが国の場合、教育は個々の教員のある意味ではお家芸であり、他の教員のクラスを参観することは大学では皆無である。これでは少なくとも良い教育法を伝えることが出来ないといえる。また、教育法を検討している理系の教員の割合は極めて少ないと考えられる。

 米国ではそれぞれの自然科学分野での教育を以下に進めるかという学会が数多くあり、教育や教育学は文系の学問であり、理系の研究者が取り組むものではないと言うわが国伝統の考え方とはいささか異なっている

 それであればどうしたら教育と研究とをバランスさせることができるであろうか。今回のFD研修を通じて研究と教育を一個人の中で両立させる時代は過ぎ去りつつあるのではないかと言う感を強く持った。特に、英語での教育を現在既に教員となっているスタッフに求めるのであれば、なおさらそう言えるのではなかろうか。

 個々人の教員の負担に帰する事なく、バランスのとれた質の高い教育を行うことは大学として特に重要な課題である。このためには教育をシステムとしてコースの中に位置付け複数の教員が関与する新しいやり方を考える必要があろう。こうした複数の教員の関与する教育システムを構築する事により、初めて研究と教育のバランスの良い進展が期待できる。

 教育に主として関与する教員の数はコース、専攻が考える研究と教育の比を反映したものとなるべきであり、かつ、教育に主として当たる教員はコースあるいは専攻としての支援が必要となろう。これにより自然科学やバイオテクノロジー分野で教育や教育法を研究するという分野が新たに生まれる事が期待される。

 

終了証書の授与(向かって右手がノーマン学部長)

 

謝 辞

 最後に我々のFD研修は大学院GP(取組責任者金谷教授)の支援によるものであり、記して厚く御礼申し上げます。また成功裏に進むために御尽力をいただいたフルトン校教育エクテンション学部学部長ノーマン博士、メンター教員のぺテール博士、英語教育法について種々御教示いただいた先生方、その他の関係諸先生、スタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。