HRNase H)の蛋白工学的研究

生体の主要な構成成分である蛋白質は、アミノ酸のつながった1本のポリペプチド鎖がおりたたまれ高次構造を形成した時にはじめてその機能を発揮する。機能上または構造上類似している蛋白質同士は一般にファミリーと呼ばれるが、自然界に存在するファミリーの種類は1000ぐらいと言われている。リボヌクレアーゼHRNase H)はこうしたファミリーの一つである。RNase HRNA/DNAハイブリッド鎖のRNA鎖を特異的に加水分解する酵素で、DNA複製に必要なRNAプライマーを合成・除去したり、DNAに間違ってとりこまれたRNAを除去したりすると考えられている。その三次構造RNase H-foldとよばれ、リン酸基転移酵素の基本構造単位として生物界に普遍的に存在することが示唆されている。各種RNase Hはもちろんのこと、リゾルベースやインテグレースなど、RNase Hとは一次構造的にも機能的にも異なる酵素が三次構造的にはRNase H-foldを持つことが既に明らかにされている。ところで、生物の持つ機能の応用を図るためには、その機能をまず理解することが必要である。生物の機能は基本的には蛋白質の働きによって調節されているので、生物の機能を理解するためには蛋白質の働きを理解することが必要になる。しかし、これまでに数多くの蛋白質が単離されその機能や構造が詳細に解析されているにもかかわらず、蛋白質がどのような機構で固有の三次構造を形成するのか、そしてどのような機構で機能を示すのかについてはまだあまりよく理解されていない。RNase Hの場合も同様である。本講座では、蛋白質の構造や機能に対する理解を深め、蛋白質機能の改変技術を確立するために、RNase Hを研究対象として、基礎と応用両方を視野にいれながら研究をすすめている。

(2-1)RNase H分子多様性

ヒトをはじめ様々な生物の全遺伝子配列が決定されつつあり(ゲノムプロジェクト)、すでに10種類以上の生物の全遺伝子配列が決定されている。これらの配列情報はデータベース化されているので、誰でも目的遺伝子をその配列の相同性から検索することができる。このようにしてRNase Hの遺伝子を検索することにより、自然界には互いに異なる配列を持つRNase Hが少なくとも2種類存在することがわかってきた。私達は、便宜的にこれらのRNase HType1Type2 と分類している。ところで、バクテリアにはRNases HIHIIHIIIの3種類のRNase Hが存在することが知られている。このうち、RNase HIIRNase HIIIは一次構造的に類似性があるのでパラログ(paralogue)と考えられている。これらはいずれもRNase HIとは一次構造上似ていない。従って、Type1 RNase HType2 RNase Hは進化的に異なる起源を持つ。また、始原菌(archaea)はRNase HIIを1種類しか持たないのに対し、細菌(bacteria)や真核生物(eukaryote)は単一細胞あたりType1Type2の2種類のRNase Hを持つことがわかってきた。さらに、RNase HIは細菌にも真核生物にも存在するが、必ずしもすべての細菌や真核生物に存在するわけではないこともわかってきた。始原菌は進化的に細菌よりも真核生物に類似していると考えられているので、RNase Hの祖先RNase HIIと考えられる。RNase HIの祖先はバクテリア、始原菌、真核生物がそれぞれ分岐した後で出現し、おそらく共生などにより細菌から真核生物へ水平移動したのであろう。現在、これらの仮説を裏付けるデータを得るために、様々な生物からRNase Hの遺伝子をクローニングしこれらの酵素の構造や機能を解析している。

(2-2)RNase Hの応用研究

RNase Hは、cDNAを合成するために必要な酵素の一つとして広く利用されている。RNase HmRNAからcDNAを作る過程で不要になったmRNAを効率よく分解・除去するからである。他にも、本酵素はmRNAからのpolyA-tailの除去、RNAのエディッティングなどに利用されている。本講座では、RNase Hの新しい利用法の開発をめざして研究をすすめている。例えば、DNAオリゴマーをRNase H連結した人工RNA制限酵素の開発を目指している。RNAは、DNAから蛋白質へと遺伝情報を伝えるだけでなく、それ自身多様な構造をとったり修飾をうけたりすることによりいろいろな機能を果たすので、RNA制限酵素の開発は、このようなRNAの構造や機能の研究に役立つと思われる。また、RNase Hに対する酵素阻害剤のペプチドライブラリー法による探索などもすすめている。エイズの原因はHIVというレトロウィルスによる感染であることが知られているが、このレトロウィルスの増殖にはRNase H逆転写酵素の一部)が必要である。従って、RNase Hの酵素阻害剤はエイズの有効な治療薬として期待されている。

 


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