1)超好熱菌・好冷菌由来蛋白質の研究

微生物は、その最適生育温度の違いにより好冷菌、中温菌、超好熱菌などに分類される。中温菌と超好熱菌の間には中等度好熱菌や高度好熱菌も存在する。これら最適生育温度の異なる菌の生産する生体高分子(蛋白質など)の機能はそれぞれ異なる温度依存性をしめす。例えば、一般に超好熱菌由来酵素は中温菌由来酵素より高い耐熱性を示す。一方、好冷菌由来酵素は中温菌由来酵素より低温で高い活性を示す。従って、これらの菌の生産する酵素(耐熱性酵素や好冷酵素)は産業的利用価値の高いことが多い。ところで、耐熱性の異なる酵素の活性を、これらの酵素が熱変性しないようなある一定の温度で測定した場合、一般に耐熱性の高い酵素ほど低い活性を示すことが知られている。これは、温度が一定の場合酵素の安定性が増すほど酵素の柔軟性が損なわれるためと考えられている。しかし、部位特異的変異法を用いたこれまでの研究から、酵素の活性と安定性は必ずしも反比例するとは限らず、酵素の一部を改変するだけでその活性あるいは安定性だけを改変できることがわかってきた。しかし、そのような設計技術を確立するためには、酵素の活性や安定性の向上に寄与する様々な因子を同定・抽出してその機構を明らかにすることが必要と考えられる。この目的のためには、機能的構造的に類似しているにもかかわらず活性の至適温度や耐熱性が大きく異なる2種類の酵素を選び、これらの性質の違いをもたらす因子を同定・抽出する方法が有効と考えられる。本講座では、これまでに生育最適温度が95℃である超好熱菌Pyrococcus kodakaraensis KOD1や生育最適温度が20℃付近であり4℃でも比較的よく生育する好冷菌Shewanella sp. SIB1などを単離している。そこで現在、超好熱菌P. kodakaraensis KOD1からはサチライシン、グリセロールキナーゼ、RNase HIIなどの遺伝子を、好冷菌Shewanella sp. SIB1からはサチライシン、アルカリ性ホスファターゼ、キチナーゼなどの遺伝子をクローニングし、これらの酵素の特質を解析している。中でも、超好熱菌サチライシン超好熱菌グリセロールキナーゼの耐熱性が高いのはペプチド鎖の挿入やイオンペアネットワークの増強によるものと考え、それを証明するために現在部位特異的変異法を行っている。

なお、超好熱菌P. kodakaraensis KOD1は始原菌(archaea)の一種である。進化系統的解析によると、始原菌は細菌(bacteria)や真核生物(eukaryote)とは異なるグループに分類されるが、どちらかというと真核生物と近縁である。従って、進化的には始原菌と真核生物の共通の祖先がまず細菌から分かれ、ついで始原菌と真核生物が互いに分かれたと考えられる。一方、始原菌の生育環境は原始地球環境に類似していると考えられるので、本菌は、地球上に最初に誕生した原始生命体の名残りを少なくとも細菌や真核生物よりは多く留めていると考えられている。このように、始原菌、特に超好熱始原菌は原始生命体と真核生物の両方の性質を合わせ持つことが期待されるので、生命の進化をたどる上でも貴重な生物資源である。本講座では、このように生命の進化を探る手がかりをつかむことも目標の一つとして超好熱菌の研究を行っている。この結果、本菌由来のグリセロールキナーゼが4量体ではなく2量体として働くらしいこと、各種酵素の基質特異性や金属イオン要求性がそれほど厳密ではないことなど、超好熱菌由来蛋白質に特徴的とみられる性質をいくつか見いだしている。特に、本菌由来recA/rad51ホモログは、recAやrad51のコアドメインに相当する部分しか持たないことや、ATPase活性に加えてエンド/エキソヌクレアーゼ活性も示すなど、構造的にも機能的にも大変興味深い特徴を持つことを見いだしている。現在、その性質の詳細な解析を試みている。また、TBPに結合する蛋白質(TIP: TBP Interacting Protein)が真核生物にしか存在しないと考えられているzinc finger motifを持つことや、この蛋白質がTBPに結合することによりTBPとDNAの相互作用を阻害することなどを見いだしている。現在、本蛋白質が転写抑制因子として働くかどうかを調べるためにさらに詳細な解析を行っている。


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