(2)SIB1、MR-1 株由来 RNase H の低温適応に関する研究
SIB1株は、大腸菌同様 type 1(SIB1 RNase
H1)と type 2 (SIB1 RNase
H2)の2種類の RNase H をもつ。SIB1 RNase H1は 157 アミノ酸残基よりなり、
大腸菌 RNase H1(Ec-RNase H1)と 63% のアミノ酸配列の同一性を示す[Ohtani, N. et al.
(2001) Protein Eng. 14, 975-982]。一方、SIB1 RNase H2 は 212 アミノ酸残基よりなり、大腸菌 RNase H2(Ec-RNase H2)と 64% のアミノ酸配列の同一性を示す[Chon, H. et al. (2006) FEBS J. 273, 2264-2275]。 いずれもモノマーとして存在する。SIB1 RNase H1 と SIB1 RNase H2 の2価金属イオン要求性、至適 pH、基質切断部位などの酵素的性質はそれぞれ Ec-RNase H1、Ec-RNase H2 に類似している。
つまり、SIB1 RNase H1 は 5 mM Mg2+存在下で最大活性を示すのに対して、SIB1 RNase H2 は5 mM Mn2+存在下で最大活性を示す。また、SIB1 RNase H1 の至適 pH は 8 付近であるのに対して、 SIB1 RNase H2 の至適 pH は 10 付近である。さらに、SIB1 RNase H1 は Ec-RNase H1と、SIB1 RNase H2 は Ec-RNase H2 と、 それぞれほぼ同じ位置で 12 mer RNA/DNA hybrid および 29 mer DNA13-RNA4-DNA12/DNAを切断する。
RNase H1と RNase H2 の相対的な活性や安定性は、SIB1 酵素と大腸菌酵素では以下のように大きく異なる。1)SIB1 RNase H1 の比活性(2.2 u/mg)は SIB1 RNase H2 の比活性(26 u/mg)より著しく低いが、 Ec-RNase
H1 の比活性(9.5 u/mg)は Ec-RNase H2 の比活性(1.8 u/mg)より高い。つまり、SIB1 株においては RNase
H2 の方が活性は高いが大腸菌においては RNase
H1 の方が高い。 2)SIB1 RNase H1の至適温度(30℃)は SIB1 RNase
H2 より約 10℃ 低いが、Ec-RNase H1 の至適温度(50℃)は Ec-RNase
H2より約 5℃ 高い。また、熱処理後の残存活性を比較すると (30℃における半減期:SIB1 RNase
H1、1.5 min;SIB1 RNase H2、45 min;Ec-RNase H1、>1 h;Ec-RNase H2、60 min)、SIB1 RNase H1 は SIB1 RNase H2 より著しく不安定であるが、Ec-RNase H1は Ec-RNase H2 よりむしろ安定である。 3)大腸菌で大量生産させると、SIB1 RNase H1 と Ec-RNase H2 はインクルージョンボディを形成しやすいのに対して、SIB1 RNase H2 と Ec-RNase H1 は可溶性である。以上の結果は、主要な活性を担う RNase H が生物によって異なる (大腸菌においては RNase H1、SIB1 株においては RNase H2)ことを示唆しており興味深い。
SIB1 株由来 RNase H の低温適応機構に関しては、安定性や至適温度が大きく異なる SIB1 RNase H1 と Ec-RNase H1 をペアとして解析をすすめている。
両者のアミノ酸配列の同一性は 63% と比較的高いにもかかわらず(3-2-1)、SIB1 RNase H1 は Ec-RNase H1 より著しく不安定で、その活性至適温度も Ec-RNase H1 より約 20℃ 低い(3-2-2)。
また、活性化エネルギーも SIB1 RNase H1 の方が低い(3-2-3)。両者の一次構造を比較すると、αヘリックスIの中央部のアミノ酸が Ec-RNase H1 では Ala(Ala52)であるのに対して SIB1 RNase
H1 では Pro(Pro54)である(3-2-4)。 また、αヘリックス W にあり疎水性コアを形成するアミノ酸の一つが Ec-RNase H1 では Leu(Leu111)であるのに対してSIB1 RNase H1 では Ser(Ser113)である(3-2-4)。
Pro はαヘリックスを不安定化し(3-2-5)、Ser は親水性であるので、これらのアミノ酸置換は SIB1 RNase H1 の低温適応に寄与すると考えられる。実際、
部位特異的変異法により Ala52 を Pro に置換すると Ec-RNase H1 は約 5℃ 不安定化し(活性は変化なし)、反対に Pro55 を Ala に置換すると SIB1 RNase H1 はいくらか安定化する(活性も向上)(3-2-6)[Ohtani,
N. et al. (2001) Protein Eng. 14, 975-982]。
しかし、Ser113→Leu 変異により SIB1 RNase H1 はむしろ不安定化する(活性も低下)。おそらくこのアミノ酸置換だけを導入してもパッキングに不具合が生じるため SIB1 RNase H1 は安定化しないものと思われる。
SIB1 RNase H1と Ec-RNase H1 の安定性の違いをもたらすアミノ酸置換を同定するために DNA シャフリング法も試みている(3-2-7)。 DNA シャフリング法はキメラ遺伝子を無作為に構築する方法として有効であるが、SIB1 RNase H1 より安定な酵素をコードするキメラ遺伝子(SIB1 RNase H1 遺伝子と Ec-RNase H1 遺伝子のキメラ遺伝子)は、
大腸菌変異株 MIC3001 または MIC2067を用いてスクリーニングする(3-2-8)。これらの大腸菌変異株は RNase H1 遺伝子を破壊されているために温度感受性の性質を示す。
つまり、MIC3001 も MIC2067 も 42℃ では生育しないが、Ec-RNase H1遺伝子を導入すると 42℃ で生育するようになる。しかし SIB1 RNase H1 は 42℃ で熱変性するので、 SIB1 RNase H1 遺伝子を導入しても MIC3001 や MIC2067 は 42℃ で生育できない。従って MIC3001 あるいは MIC2067 が 42℃ で生育できるようになるキメラ遺伝子は SIB1 RNase H1 より安定なキメラ酵素をコードすることが期待される。しかし、これまでのところ Ec-RNase H1 部分が半分以上を占めるキメラ酵素しか得られておらず、SIB1 RNase H1 を安定化するアミノ酸置換の同定には至っていない。
上述の SIB1 RNase H1 の P52A 変異体をコードする遺伝子も MIC3001 の温度感受性を相補するので、このような変異体をコードするキメラ遺伝子が得られないのは、 DNA シャッフリング法によりキメラ遺伝子ライブラリーが期待どおり無作為に構築されていないためと考えられる。そこで現在、SIB1 RNase HI との相同性がより高いShewanella oneidensis
MR-1 株由来 RNase H1 (MR-1 RNase H1)をパートナーとするキメラ酵素の構築を試みている。
<2007年以後の研究>
1)SIB1株からN末端にhybrid binding doamin(HBD)を有する新規type 1 RNase H(SIB1 HBD-RNase H1)を単離し諸特性を解析した。その結果、本酵素はSIB1-RNase H1と同様の2価金属イオン依存性を示すこと、その活性はSIB1-RNase H1より約5倍高いこと、N末端のHBDは基質結合に重要であることを明らかにした[Tadokoro, T. et al. (2007) FEBS J. 274, 3715-3727]。
2)MR-1 RNase H1は158アミノ酸残基から成り、大腸菌RNase H1と67%のアミノ酸阪列の同一性を示す。MR-1 RNase H1の結晶構造を決定するとともに、その活性や安定性を大腸菌RNase H1と比較した。その結果、分子内部のイオンペアの数が少ないことと分子表面の極性残基の割合が少ないことを除いてMR-1 RNase H1の構造は大腸菌RNase H1とほぼ同じであること、MR-1 RNase H1の方が大腸菌RNase H1より約22℃不安定であることを明らかにした[Tadokoro, T. et al. (2007)
Biochemistry 46, 7460-7468]。また、部位特異的変異法により、分子内部のイオンペアの減少がMR-1 RNase H1の不安定化の一因であることを明らかにした。
3)MR-1 RNase H1はMIC3001の温度感受性を相補できるが、そのC末端を5残基除去すると不安定化するため相補できなくなる。この不安定化したMR-1 RNase H1変異体にランダム変異を導入し、安定性の回復した変異体をスクリーニングすることにより、4個の安定化変異を同定することに成功した[Tadokoro, T. et al. (2008) Biochemistry 47, 8040-8047]。サプレッサー変異法により同定されたこれらの安定化変異を組み合わせることによりMR-1 RNase H1の安定性は約19℃向上した。この結果は、局所的な構造の欠陥を修復することにより低温菌由来酵素の安定性を中温菌由来酵素のレベルまで高めることできることを示唆している。.
4)サプレッサー変異法により同定された4種類の安定化変異と部位特異的変異法により同定された2種類の安定化変異を組み合わせることにより約29℃安定化したMR-1 RNase H1変異体の結晶構造を決定することにより、MR-1 RNase H1は局所的な構造の欠陥の組み合わせにより不安定化していることを明らかにした[Rohman, M. S. et al. (2009) FEBS J. 276, 603-613]。